1983年7月15日

今から40年前の今日、国内…いや、全世界の家庭用ゲーム業界に大きな旋風を巻き起こし

ゲームを一気にメジャーなものにした、伝説のゲームハード・任天堂ファミリーコンピュータが発売されました。



任天堂がゲーム業界で大きな地位を得るための第一歩のゲームハードで

(ゲーム事業自体はアーケード参入がもっと前からですが)

まさに、今でも話題に上がることがある伝説的ハード。


発売年の1983年・1984年はまだそこまででもなかったですがアーケードのゲームが家庭で

できるようになったことから、ゲーム好きの厚い支持を得て、徐々に普及を進めたところで

1985年に世界的に大ヒットとなったスーパーマリオブラザーズが発売。

更に翌年1986年には、堀井雄二が手掛けたRPGをわかりやすく噛み砕いたタイトル

ドラゴンクエストが発売され、そこから国内では多数のソフトハウスが参戦し

ファミコンブームとでも呼べる一大ムーブメントを作り出しました。


それからスーパーファミコンが1990年に発売されるわけですが、ファミコンはスーパーファミコンが出てからも

しばらくゲームが発売され続け、国内での最後のゲームソフトとされている

(最近ファミコンカセット媒体で発売されたタイトルは除く)

高橋名人の冒険島IVが出たのが1994年。

実に11年ほどソフトが出続けたハードで、まさに日本でもゲームハードの礎といった立ち位置の名機でした。


その影響力はすさまじく、流石に最近ではほとんど見ることがありませんが

PS2の時代ぐらいまでは、ゲームを専門的に扱うソフトは次世代機を扱っていても

ファミコンショップという名称で呼ばれていたりしましたし、その音楽の雰囲気から

名前がわからないお父さん・お母さんにはピコピコなんて呼ばれたりと

ゲームどころか、ある種機会の概念みたいなイメージになってしまったというところまで行っております。


管理人個人としても、確か4歳の頃に父親がナムコットのディグダグと買ってきまして

そこから、どっぷりとファミコンゲーマーになってしまって、未だにこんなブログを立ち上げて

毎日更新してしまうほど、自分の人生に大きな影響を与えたハードとなっています。


どんなに大容量のゲームでも、最終的には1MBしかなかったファミコンですが

ゲームとしては今のゲームと比べてしょぼくても、その限られた容量の中に

開発者が多くの技術を可能な限り詰め込んだ…そんな日本の職人芸的な

タイトルも多く存在したファミコンが、今もなお多くのゲーマーの心に残り続けるのは当然かと思っています。

次の節目は50周年…2033年ということですが、その頃になると管理人も50代…w

でも、その時もあっという間に来るんだろうな…と思いつつ、半世紀の節目をまた更新できればと思います。

いや、流石にそこまでブログは…やってない…よな?←


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