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まさか、この名前をもう一度、自分のブログの見出しに打ち込む日が来るとは思っていませんでした。

正直に言うと、私の中でこのタイトルは「中古ワゴンの底で静かに眠り続ける作品」というカテゴリーに、とっくに仕分けされていたんです。それが、です。

目に飛び込んできたのは、『ONI零~復活~Reboot』という文字列でした。タイトルにすでに「復活」と入っている作品が、さらに「Reboot」でもう一度立ち上がる。

字面だけ見るとちょっとやりすぎな気もするのですが……当時、PlayStationであのゲームに時間を溶かした人間としては、笑うより先に手が止まりました。

しばらく画面を見つめて、「本当に?」と三回くらい心の中でつぶやいたと思います。


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まずは事実から。『ONI零~復活~Reboot』が発表されました

2026年8月27日、株式会社メビウスがNintendo Switch向けタイトルとして『ONI零~復活~Reboot』を発表しました。

情報の出どころは電ファミニコゲーマーの記事ファミ通.comの記事で、いずれも「2001年に発売された和風RPG『ONI零~復活~』のリブート版」という説明です。

9月17日〜21日に開催される東京ゲームショウ2026では、コナミのパートナーブースで試遊台が出るとのこと。

公式の説明には「再始動にあたり、よりゲームを快適に遊べるように最適化」という一文もあり、どうやら単純な移植ではなく、しっかり手を入れてくる構えのようです。

コナミの特設サイトには「最後まで息つく暇もなく進む、人では無い者達の物語」というコピーも載っていました。……この「人では無い者達」という言い回し。これこそが、あのシリーズの手触りそのものなんですよね。

人間の英雄が世界を救う物語ではなく、人ではないものたちが、人ではないなりに足掻く話。そこがONIというシリーズの、他の和風RPGと決定的に違うところだったと思います。

そして、シナリオの生みの親であるゲームクリエイター・飯島多紀哉さん(旧名・飯島健男さん)本人が、X上で「発表されました。来週、大々的に情報が発表される予定です」と反応しています。

ご自身のYouTube配信でも特別番組を予定しているとのことなので、本当の詳細情報が出るのは来週ということになります。

ですので今日は、その前振り。いわば「予告編を見ただけで少し泣いている」段階の記事だと思って、お付き合いいただければと思います。

そもそも『ONI零~復活~』とは、何だったのか

ここから先は、当時を知らない方のために少し長めの回想になります。興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません……と言いつつ、ここが今日いちばん書きたかった部分だったりします。

ONIシリーズのルーツは、1990年代前半のゲームボーイまでさかのぼります。

当時「ゲームボーイの和風RPGといえば」で名前が挙がったのが、この『ONI』でした。制作はパンドラボックスとウィンキーソフト、発売はバンプレスト。

1990年から1995年にかけて5作が出て、キャラクターや世界観がゆるやかにつながっていく、シリーズものの楽しさを教えてくれた作品群です。

ちなみにウィンキーソフトは、初期の『スーパーロボット大戦』を手がけたことで知られる会社。

(余談ですが、スパロボなどのゲームバランスはお世辞にも良いとは言えないものが多く、ゲームメーカーとしては結構アラがある会社なのですが、それ故に今でも熱心なコアなファンがいる開発会社となっています)

あの独特の「和のまがまがしさ」と、几帳面なシステム作りが同居しているのは、この座組みの影響もあったのかもしれません。

私はリアルタイムでは全部は追えていなくて、後追いで何本か手を出した口なのですが、モノクロの画面から立ちのぼる「じめっとした和の空気」が、子供心に妙に忘れられませんでした。

企画の中心にいた方が「鬼や妖怪が好きで、そういうもののゲームを前々から作りたかった」という趣旨のことを語っていて、なるほどこの湿度はそこから来ているのか、と後年になって腑に落ちた記憶があります。

ドラクエでもFFでもない、鎧の勇者が出てこない、そういうRPGがちゃんと居場所を持っていた時代でした。

飯島健男から、飯島多紀哉へ

ここでシナリオを書いた人の話を少しだけ。

飯島多紀哉さんは、かつて「飯島健男」名義で活動していた方です。

ゲームファンにとっては、『ラストハルマゲドン』——人類がすでに滅んだ地球で、モンスターたちが主人公になるRPG——の生みの親、と言ったほうが通りがいいかもしれません。

その後は『学校であった怖い話』や、そこから続く「アパシー」シリーズといった、サウンドノベル/ホラーの分野でも長く名前を見かける人です。

人間中心ではない視点、そして救いを安売りしない語り口

この作家性は、『ONI零~復活~』にもまっすぐ通っていました。

あとで触れますが、このゲームの「重苦しさ」は事故ではなく、書き手の一貫した資質から来ているものだと思います。

パンドラボックスが独立して作った「集大成」

ゲームボーイ版のあと、開発を担っていたパンドラボックスがバンプレストから独立します。

そして自分たちのレーベルで出したのが、『ONI零~復活~』でした。

プラットフォームはPlayStation、発売は2001年3月22日。位置づけとしては「PANDORA MAX SERIES Vol.6」という、同社の低価格ソフトシリーズの1本です。

この「PANDORA MAX SERIES」というのがまた渋いレーベルでして、たしか1本あたり2,800円前後という、当時としてもかなり思い切った価格設定でした。

フルプライスの半分以下。売り場でも、フルプライス作品の棚とは少し離れた場所に、ちょっと肩身が狭そうに並んでいた印象があります。

「安いからおまけみたいな中身なんだろう」と侮られやすいポジションだったんですね。

しかも発売は2001年。すでにPlayStation 2が出そろって、初代PSは「そろそろお役御免」という空気の頃です。

そんなタイミングで、初代PS向けの、低価格の、和風RPGの続編。控えめに言って逆風だらけのスタートでした。

ところが『ONI零~復活~』は、その低価格レーベルの中で頭ひとつ抜けた評価を得ます。

売上は15万本超とされ、これはPANDORA MAX SERIESの中で最も高い数字だったと伝えられています。

攻略本もよく売れたそうで、「安かろう」の枠を軽々と越えて、シリーズ全体で見ても最も評価と実売を両立させた1本、という扱いになりました。

詳しい経緯はWikipediaの「ONIシリーズ」の項目にもまとまっています。

ゲームとしての『ONI零~復活~』

中身の話をします。ジャンルは和風RPG

主人公は「隠忍(おに)」と呼ばれる、鬼の血を引く者たち……つまり、人間社会からは異形として扱われる存在です。この時点でもう、王道からは一歩ずれています。

戦闘やシステムの柱になっていたのが、シリーズ伝統の「転身」「神降ろし」でした。

転身は、主人公が鬼としての姿へ変わる、いわば変身システム。

人の姿では出せない力を、異形になることで解放する。

神降ろしは、集めた神々の力を借りて戦う仕組みです。

『ONI零~復活~』ではこの神降ろしが強化されていて、300柱もの神を集める、というやり込み要素が用意されていました。

全部集めようとすると、これがなかなか終わらない。低価格ソフトのボリューム感ではありませんでした。

ほかにも、サブクエストにあたる「依頼」をこなしていく遊びや、同じPANDORA MAX SERIESの他タイトルとのデータ連動といった要素もありました。

連動といっても大がかりなものではありませんが、「同じレーベルを買い集めているファンへのご褒美」を、この価格帯でちゃんと仕込んでくるあたりに、作り手の律儀さを感じます。

2,800円の作品に、よくここまで詰め込んだな、というのが正直な感想です。

ビジュアルや音楽も、和風でまとめられていました。

派手なムービーで殴ってくるタイプではなく、色数を抑えた画面と、能や祭囃子を思わせる音づかいで「日本の、少し怖い夜」の雰囲気を出してくる。

今の目で見れば、テンポや移動まわりに粗い部分もあったと思います。

エンカウント率や、行ったり来たりの多さで体力を削られる場面も、正直ありました。

ただ当時は、「この価格でこの密度と空気」というだけで、じゅうぶんに事件だったんです。

忘れられないのは、あの「重苦しさ」

ただ、私がこのゲームをいちばん覚えているのは、システムでも神集めでもありません。物語の後味です。

飯島さん自身がシナリオを手がけた『ONI零~復活~』は、全体にやや重苦しい展開が続き、グロテスクな描写も少なくない作品でした。

人ではないものたちが主人公ですから、彼らに向けられる視線は冷たいし、話は基本的に救いに乏しい方向へ進んでいきます。

爽快な勧善懲悪ではなく、「勝った、でも何も晴れない」みたいな読後感。正直けっこう効きました。

クリア後、しばらく他のゲームを起動する気になれなかったのを覚えています。

でも、不思議なもので、明るくて遊びやすいRPGは記憶からどんどん抜けていくのに、この「晴れない読後感」だけは20年以上たっても残っている。

明るいRPGを期待して買うと面食らう。でも、その暗さこそが忘れられなくなる。

そういうタイプのゲームだったと思います。個人的には、あの「ざらついた読後感」を、大人になった今もう一度、正面から受け止めてみたいという気持ちがあります。

なぜ、シリーズは途絶えていたのか

これだけ評価されたのに、なぜ『ONI零~復活~』の後、シリーズはぱったり止まってしまったのか。

理由はシンプルで、続編『ONI零~流転~』の企画が、パンドラボックスの活動停止で立ち消えになったからです。零のエンディングで予告したのに、そのまま幻になりました。

「あと1本出るはずだったのに出なかった」というのは、ファンにとっていちばんつらい終わり方です。

バッドエンドですらなく、途中でページが破れている感じ。

以来、ONIというシリーズは長いあいだ、「思い出話のときにだけ名前が出る作品」になっていました。ふとした拍子にWebにある同士のレビューを眺めては、ため息をつく、みたいな。

動きがあったのは2025年です。東京ゲームショウで、約20年ぶりの新作『ONI零X(クロス)』が発表されました。

こちらは『流転』の焼き直しではなく完全新作で、主人公は『戦国サイバー 藤丸地獄変』の煉獄藤丸、今回は鬼が敵側にまわる――と報じられています。

発売は2027年予定。つまり今、ONIというシリーズには「新作『ONI零X』」と「旧作のリブート『ONI零~復活~Reboot』」という2本の柱が、同時に立ち上がりつつある、という状況なんですね。

長く待った身としては、少し供給過多で戸惑うくらいです。うれしい戸惑いですが。

今回のReboot版に、期待していること・少し不安なこと

ここからは完全に個人の願望です。

期待しているのは、まず「快適さ」の中身です。

公式の言う「よりゲームを快適に遊べるように最適化」が、倍速モードやどこでもセーブ、オートマップ、エンカウント調整といった今どきの遊びやすさ機能を指しているなら、これは素直にありがたい。

当時のPS世代のRPGは、ロードやエンカウント、移動のテンポで体力を削られる場面がどうしてもありました。

300柱の神集めも、快適になれば「作業」ではなく「収集の楽しみ」として遊べるはずです。

一方で、少しだけ不安なのはあの「重苦しさ」や過激な描写が、今の基準でどこまで残るのかという点です。

表現をならしすぎると、『ONI零~復活~』がただの遊びやすい和風RPGになってしまう。

遊びやすさは歓迎ですが、あのざらついた後味まで削られてしまったら、それはもう別のゲームかもしれない……と、勝手なことを考えています。

このあたりは、来週の詳細発表と、東京ゲームショウの試遊レポートを待ちたいところです。

パッケージ版が出るのか、価格はいくらになるのか、『ONI零X』とのストーリー上のつながりはあるのか。

気になる点を挙げ始めると、きりがありません。

それにしても、シナリオを書いた本人が2026年になってもまだ現役で、SNSで「来週大々的に発表します」と告知している。

この事実だけで、なんだか胸が熱くなります。

あのワゴンの底のゲームが、四半世紀越しで、いちばんふさわしい人の手で表舞台に戻ってくる。

こういう復刻の仕方なら、いくらでも歓迎したいと思うのです。

詳細が出たら、あらためて続報を書きます。

とりあえず今日は、「予告編に涙ぐんだ」という記録だけ残させてください。

【参考リンク】
和風RPG『ONI零~復活~』リブート版がNintendo Switch向けタイトルとして発表!(電ファミニコゲーマー)
リブート版『ONI零~復活~』東京ゲームショウ2026のコナミブースで試遊出展(ファミ通.com)
ONIシリーズ – Wikipedia

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